イグザルテーション



日本語の訳では多くの場合、「高揚」とされています。この言葉はイグザルテーションのニュアンスの一つに過ぎません。得意になっている、有頂天、どれも英語のexaltationからの訳です。

 

ギリシャやアラビアでの意味は、どちらかというと権力の一つである、王権という意味に近かったようです。

 

コンペティッションや裁判などでは、ドミサイル(=サイン)のルーラーよりも、イグザルテーションのルーラーの方が強くなります。このことを考えてみると、ドミサイル以上の強さを持ちながら、ドミサイルでは無い存在を想定できます。

12世紀にスペインでアラビアの本からラテン語に翻訳された時に、スペインのジョンという名で呼ばれる翻訳者の訳がそのまま採用されて今日に至っています。同じ時期の12世紀ではスペインで、別の人達もアラビアの様々な文献をラテン語に訳していました。それぞれ地域名と名前が付けられていて面白いです。主だった人は三人で、カリンシアのヘルマン、ケトンのロバート、およびサンタラのヒューゴと呼ばれます。

 

スペインのジョンと、別のグループの人達の翻訳の態度は少し違っていて、スペインのジョンは分かり易くをモットーとし、以下の三人はラテン語訳にするに際して格調高く翻訳することを旨としました。そのせいで言葉選びには大きな違いが出てきました。

しかし、マンションの一階が水びだしになるなど被害が及ぶと、持ち主である所有者(主権者)会議で、今後の対策が決められます。ドミサイルのルーラーは会議に出席する権限すらありません。それを考えると、ドミサイルのルーラーが強い場合と、イグザルテーションのルーラーが強くなれる場合の二通りがあることが現実の社会にもあることになります。

 

したがって、裁判などではドミサイルのルーラーよりも、イグザルテーションのルーラーの方が強くなるわけです。

したがって、サンタラのヒューゴは同じ言葉(イグザルテーション)に、帝国、主権、王国、等の意味を持つ言葉を当てはめました。この二つの言葉の感覚は大きな違いを生んでしまいます。主権という言葉を当てはめたとして、先ほどのドミサイルと比較してみます。

 

あなたがマンションを借りていたとして、そのマンションに住めるあなたは、ドミサイルです。主権者として、マンションの持ち主が別にいます。その持ち主はそのマンションの同じ部屋に住む事はできませんし、ドミサイルのルーラーは拒否できます。

イグザルテーションを「高揚」と訳していては、この感覚はつかめません。だからといって、日本語訳を直ぐに「王権」と変えようとは言えません。ニュアンスを知って使うことの方が大事です。西洋占星術のイグザルテーションという言葉の背景には、(ドミサイル)所有者と主権者のような違いがあることを念頭におけばいいでしょう。


又、どの言葉がそうなのかを選択して示すことも難しいのですが、私たちはヨーロッパから伝わって来た英語に訳された多くの言葉を、分かり易いラテン語に訳したスペインのジョンの訳からもたらされたものに慣れ親しんでいるといってもいいのです。ケトンのロバート等の訳は格調が高過ぎて、また訳も非常に難しいと言われています。

 

分かり易い方を好むのか、より厳密に訳された方を好むのか、そこにも将来に渡って占星術を伝える難しさがあると思われます。

又、有名なイタリアの占星術師グイド・ボナタス(13世紀)は、スペインのジョン、サンタラのヒューゴ、カリンシアのヘルマンら以降の人である事を押さえて下さい。ボナタスは当時のヨーロッパでラテン語から占星術を知るしかなかったことを考えると、12世紀のスペインで訳されアラビアの物からの翻訳はひじょうに貴重である事がわかります。


イグザルテーションは惑星のディグニティーを示す一方で、イグザルテーションになった惑星は、そのサインに入って来た惑星を彼自身(イグザルテーションの惑星)がレシーブします。例えば、山羊(♑)のサインに入っている惑星を、(その惑星が全く他の惑星とアスペクトを持たなくても)、ドミサイルでは土星がレシーブし、イグザルテーションでは火星がレシーブします。ですから、惑星がそこに(他の惑星と)何の関連もせずに置かれている事は一切無いのです。必ず他の惑星の干渉があるのです。

 

これは、今日見過ごされている占星術上のあるステップです。

※ 参照 ベンジャミン・ダイクス著 Traditional Astrology Today