判断の前の考察

The Considerations Before Judgement



 一般に判断の前の考察というのは、そのチャートが判断に耐えるものなのか、一体全体、読み漕ぎ出してもいいものかどうかを判断するものだと捉えられがちです。

 

 英語のウェブサイトを見てもそういったような事を書かれています。

 

 しかし、The Considerations Before Judgement はもっと広範囲に考察されても良いもので、西洋占星術が長い間すたれずに続いて行くにはどうしておけば良いのか、といったことまでに範囲が及ぶものです。

 

 取りも直さず、西洋占星術っていったい何? という所にまで考察を及ばせるものです。

 

 西洋占星術は人々が未来予測を好むので、太陽星座占いが流行るように、様々な思想が入り込んでいる事も確かなのです。中には西洋占星術と相容れない様な考え方も紛れ込んでいます。それらをも含めて、西洋占星術が連綿と続いて行くにはどうすればいいのかを考える事、それが「判断の前の考察」と呼ばれるものです。


 もしも私達が、判断の前に何も考えずにチャートを作成して占星術的で鑑定を行おうとするなら、それはまるで冒険に行くようなものです。常に考え続ける必要などありませんけれども、ちょっと時間のある時に考えてみて頂きたいのです。

 

  1. 判断を継続しても良い時とは、どのような時なのでしょう。
  2. 判断に適する質問とは何でしょうか。
  3. 不適切な質問とは、どのような質問でしょう。
  4. リリーはアセンダントのロードと、時間のロードが合っているかいないかを調べろと書いていますが、実際にリリーはその通りにしていません。何故。
  5. クライアントの気が変わらないのか。

等々、沢山あります。

 

 リリーと同世代の占星家ジョン・ガドバリーは、占星術師達に準備不足のままでチャートを判断してはいけないとして、幾つかの事柄を述べています。

「1. アセンダントのサインと、アセンダントに入っている惑星等が、正確にカレントの状態や態度を記述していれば、あなたはそのチャートが根本的なものとして提出された質問を判断して差し支えない。

 

 しかし、星がどのようにそれを記述しているのか、私達に分かるのでしょうか?

 

「2. アセンダントのサインの角度が若かったり、ひじょうに後ろの方の角度だったりする、その両方の場合は、判断を加えることに安全ではない。カレントは質問を別のものに変えたり、別の質問をでっち上げたり、答えるのに適当では無かったりするのである。

 

 リリーも同じことを言っています。でも、やっぱり守っていません。何かしら注意深くあればそれを越えて判断ができるのではないでしょうか。

 

いったい、どうやって考えたなら、どのようなチャートでも判断が可能なのでしょう?

 

3. 月がボイド・オブ・コースだったり、バイア・コンバスタに入っていたり、コンバストだったりしたら、全ての事柄や問われた事象は速やかには達成されない。それゆえ、占星家は次のことを理解しなければならない。問われた事柄は完全には達成されないか、カレントはそのことに於いて、充分な結果を得られない。

 

 これ又、疑問が湧きます。月がボイドだからこそ、大丈夫な事もあります。

 

「6. 土星が質問のチャートのアセンダントに入っていると、提出された問題は、誤っていたり、状況が飲み込めていなかったり、希望が通りすぎたりしている。同時にアセンダントのルーラーがコンバストだったり逆行していたりすると、質問者がならず者やふざけた人だったりする。

 

 

私は、必ずしもそうは言えないチャートを知っています。アセンダントに土星が入ることは珍しくありません。それよりも、10ハウスに土星が入る方が問題です。

 

8. 占星家は質問が根本的なものかどうかを次のようにして調べる。アセンダントのロードと、時間のロードが1つの性質、又は、同じトリプリシティーなのか。これは簡単に調べることができる。例えば、カレントの質問時のチャートで、獅子のサインがアセンダントであり、火星が時間のロードであったりしたなら、カレントの質問はラディカルであることが見つかる。何故なら、太陽はアセンダントのロードであり、火星とは同じ一つの性質である。すなわち、ホットでドライである。吉星木星が同じように時間のロードであったとしても、質問はラディカルであると認められる。それは、木星と太陽とが同じトリプリシティーであるからである。

 

 ここでもリリーと同じ事を言っています。言っておきながら、従っていません。

 

 そこで、判断の前の考察が必要になってきます。どういった場合にラディカルと言えるのかですね。甚だ複雑な問題です。