現代的な思考方法での、ある分類


西洋占星術をある考え方で分類すると・・・

 

因果関係に基づくものと、対応関係に基づく学問

ここでは、西洋占星術を際立たせるために、因果関係と対応関係を区分して考えを先に進めます。因果関係と言っても、仏教的な概念で使われているわけではありません。ここでの定義です。少し乱暴な区分ですが、この考え方を推し進めることによって占星術がこれまでよりも明確になってくると考えられますので、因果関係と対応関係について述べてから、古典的な科学と現代の科学の「科学」という言葉の定義を見ていきます。

 

養老猛司氏(東京大学の脳生理学者)は、因果関係と対応関係を混同しないことの重要性について次のように述べています。養老猛司氏の思考方法のある区分は、下記のようなものです。

 

「Aという事象が成立した後に、Bという事象が成立する。」 という観測データが多く得られた場合、Aを条件として発動するメカニズムが機能して、Bという結果が形成されると考えるのが、因果関係的思考だとします。こちらが一般的に今日、科学とされるものです。現代の科学は因果関係を基にする学問です。

 

それに対して、
「Aという事象が成立した後に、Bという事象が成立する。」 という観測データが多く得られる場合、AとBには対応関係があるので、Aが存在すればBが存在することを推測出来ると考えるのが、対応関係的思考です。

二つの思考方法で区分すると、現代の西洋占星術は対応関係に基づいて推論をする学問となります。人の生き方についても、「夫婦は一対の反射鏡」であるとか、「物はそれを感謝する人に集まる」とか、あるいは「今の自分を変えれば、未来は変わる」などは、この対応関係に基づく推論の方が多く為されています。占星術とは、対応関係を土台とする精妙な感覚的学術(アート)であって、因果関係を土台とする緻密な数学的学術(科学)ではありません。

 

ここで申し添えておかなければならないことは、感覚的学術(アート)で述べる感覚について、第六感と呼ばれるものが入るわけではなく、一般的な五感までの感覚として制限しておきたく思います。論理的な思考をしていくと、ある段階で論理を超えた答えが飛び込んでくる場合もあります。その場合でも、物理学者が突然数式を夢の中で得るように、時間の経過後に論理も伴うような範疇に入るものまでの感覚のことを言います。


古典的な科学と、現代の科学
古典的な科学と、今日の科学には概念上の違いが歴然として存在しています。古代、「科学」は、対応関係にも因果関係にも用いられた言葉でした。17世紀頃まで占星術は(古典的な意味で)、科学として語られていました。急に暖かくなってきたから雨が降るであろうというのも科学で、木星が月と天頂でコンジャンクションするから雨が降るであろうというのも科学でした。ですから、古代には、今日では全くナンセンスとしか思えないような、星を使って地震の予測をするというものも科学の範疇に入るものでした。

 

17世紀以前、ヨーロッパでは医学も同じ要素(エレメント )で語られており、医術的な事柄も占星術と同じ科学の範疇に含まれていたのです。蘭学と称して江戸期の日本に入ってきた医学も、同じくヒッポクラテスの流れを汲む体液説(エレメントで語られる)に基づく医学でした。これら全ての分野は、ギリシャ哲学での同じエレメントという言葉で説明のできる、あらゆる空間で繰り広げられる事柄の一つだとしていたのです。

それに対して、ヨーロッパ中世《啓蒙運動》以降は、証明できる体系こそが科学とされ重要になっていきます。「科学」はそれ以降、対応関係に属するものを科学と区分するようになりました。

 

西洋占星術は、現代の科学とは違っていて、対応関係をひも解く学問です。天の星々の位置と、我々の社会生活との間に物理的な因果関係はありません。占星術では、太陽の位置と季節の変化に因果関係があったとしても、それも一つの対応関係として捉えるものです。例えば、水星が逆行しているから書類上の間違いが増えるというような物理的な関係は全くありません。間違いは常に起きていますが、水星が逆行の時にはより書類上の間違いに注意が向くというだけです。また、太陽が獅子に来れば熱いのかというと、南半球では決してそうはなりません。

 

 

科学的態度
科学的態度に付いても、一言書き添えておきたく思います。科学的態度というのは論理的な思考の積み重ねと言い換えられ、科学的態度そのものは科学でありません。今日の科学というものに目を移すと、理論物理学のように、科学的な観測データから得られる結果に基づき推論を重ねること、その推論から宇宙の構成とはこうであるかも知れないと考えることも科学となります。その理論を組み立てる過程や、数学的な論考をする中で科学的態度が取られるわけです。その他の概念上の捉え方もあるかもしれませんが、これが、今日の科学的態度とされるものです。

 

しかしながら、西洋占星術的な感覚というものは、論理で説明できない面も備えています。そうだとしても、先に述べたような科学的態度で臨んでいただきたく思います。占星術の論理で、とっぴな理論を展開しても良いというのは科学的な態度とは言えません。過去に論証された方法から、あるいは法則から、それらを踏まえて新たな推論を行うことこそが科学的態度と呼べるものです。そうであれば古典的な占星学を学ぶことは、その後の推論を行う上で決して間違った態度ではないはずです。それでこそ、科学ではありませんが、科学的な態度で取り組んでいると言えるでしょう。


科学と占星術
従って今日、科学と占星術は明確に区分しておかなければいけません。占星術の論理を使いながら、判断をする道程で各種の推論を科学的態度で行なったとしても、科学と占星術には明確な区分があります。占星術は今日の科学ではありません。もしも占星術が科学であるとするならば、その理論によって惑星の動きの様々な領域を説明できるはずです。また、重力の理論や、空間の理論も説明できるはずです。しかし、占星術ではそれらを行っていません。かつて惑星のロープ理論というものが提唱されたことがあります。目に見えない、いまだ発見されていない物理的な惑星の力が、宇宙を、そして我々を、地上の動植物を操っているというものです。そういうものは存在しません。また、占星術は未だに地球を中心とした天球を使い続けていますから、物理学に参入するのは土台から無理なのです。占星術は対応関係を紐解く学問です。



魔術、又は霊的な感覚と占星術

感覚という領域から捉えると、占星術の回りには霊的な感覚や、スピリチュアルな部分や、魔術と呼ばれる領域が広がっていきます。今日、その言葉の定義を無視して占星術の話を先に進めることは乱暴に思える時代に入ってきた感があります。そこで、一応、魔術と占星術の区分・定義付けをして、占星術が霊的な分野や、魔術に迷い込んでしまうかもしれない部分を抑制しておきたく思います。世の全ての占いは、その時代の人々の欲求を避けて通ることをしてきませんでした。ですから、スピリチュアルな感覚は時代の要請であるので、付け加えることを模索するべきだと考えます。

 

もちろん、霊的な感覚や魔術的な能力をお持ちの方は、そのような能力の分野に入って行っても構わないと思います。しかし、霊的な能力、あるいは、高い五感を超えた知覚力を持たない私達は、持ち合わせていない感覚の領域へは飛び込まずに済むようにしておきたいと思います。

 

西洋占星術は魔術ではありません。しかしながら、古代から、占星術と魔術の間にはシームレスに移行できる段階があるように思えてしまいます。それはどのような段階なのでしょうか。ここでも、話を先に進める上で魔術という言葉の一応の定義は必要です。

 

占星術を知らない門外漢が外側から占星術を眺めた場合、論理を超えた判断をしているように見えるか、直感的なある種の手法によって判断をしているように思え、魔術のように目に映るものです。ここで展開する西洋占星術の理論は、極力魔術的要素・霊的な要素を省いています。そのために、ここで魔術の定義が必要になってきます。魔術という言葉そのものの定義は、おそらくかなり複雑なものになるでしょうし、ここで行う魔術の定義とかけ離れているかもしれません。

 

ここでの魔術の定義は、20世紀の始め頃、ある儀式的な魔術を学んだディオン・フォーチュンによる定義に少し変更を加えています。噂によれば、彼女はアリスター・クローリーの魔法の定義に何かを加えたようです。彼女は魔法を「意志に従って、意識の中に変化をもたらす芸術」と定義しました。ここでは魔法ではなく、魔術として、「物事を好転させたいと願い、意思を関わらせて、霊的な感覚を使い、霊的な世界と直接的なコンタクトを取ること」と一応定義している、ロバート・ハンド氏のものを参照しています。霊的な感覚とは、一般の人々が感じられない感覚で感じることのできる知覚力であると、これも定義をしておきます。また、霊的なコンタクトを取るとは、占星術師なり魔術師なりヒーラーなり依頼者なりの直接的な意思を、何らかの宇宙に存在するモノと関わらせることを指します。

 

占星術のジャンルの中にも、極めて魔術と見まがう奇妙なテクニックが存在することも事実です。それは、良い時間を選ぶ占星術、イレクショナルな占星術と呼ばれるものです。物事や事態の好転を意図して、星の位置が最良になる時間を選び出すものです。そこでは、前述した意思を関わらせていること、物事を好転させたいと願う事には関わっています。しかし、霊的なコンタクトをイレクショナルな占星術で取ることはありません。

 

西洋占星術の世界の中にも、惑星の力を借りるか、悪い惑星の力を避けるために護符やお守りを作った占星術師は歴史上存在します。また、単に水星が逆行しているから物事の判断を先延ばしにしようというものも、惑星の霊的な力(信じている本人は物理的な力だと思っている)を信じる魔術的な行為です。惑星はそのような霊力を持ちません。そのように、惑星の物理的と思われる力を五感意外のものに広げて信じる事は、かなり魔術に近いものです。その理由は先に掲げたように、惑星は未発見の人生に影響を与えるような物理的・霊的な力を持たないからです。これらの考え方は、一応省いて考察していくことにします。