西洋占星術の歴史 3



 ネイタル占星術の 歴史的な概観


● 21世紀に入った今日、西洋占星術の世界にもグイグイとそれを牽引している人達がいます。

 

 1980年代にオリビア・バークレーという女性が中心となった幾人かの人たちが資金を出し合い、大英図書館から17世紀に書かれたウィリアム・リリーのクリスチャン・アストロロジーを引っ張り出してきて、それを写真製版にした書物に仕上げ、共同で出版しました。

 

 そのオリビア・バークレーの生徒だった人達の中で何人かが、そして、全く別の流れとして、ロバート・ゾラーの生徒だった人達の中から何人かが牽引役となって、21世紀のトラディショナルな占星術の世界を拡げ引っ張っています。

 

● オリビア・バークレーの生徒だった人達の中には、ウィリアム・リリーの時代に基礎を置き、彼が生きた年代である17世紀の占星術を中心として占星術を展開している人達もいらっしゃいます。

 

 その一方で、もう少し歴史を遡ってもよいのではないかと考えて、メディーバルな占星術と呼ばれる物を、アラビア時代まで伸ばしている人達もいらっしゃいます。

 

● これらの考え方はどちらもある意味で正統性を持っています。それは、あるポイントを基礎地点として捉えなければ、歴史的に新しい発見がある度に、どんどん違った考え方を採用しなければならなくなる可能性があるからです。これでは、考え方がブレる、あるいは実際に鑑定に用いる際に統一性が無くなることになります。

 

● 例えば、ある惑星のオーブを7度と考えたならば、一生そのオーブの幅を変えないくらいの意固地さが必要とされるようなものです。もっとも、あまりに頑固では本当の意味で占星術における再発見を見逃してしまう可能性の方が大きくなってしまいます。数年単位で見直すというような態度でも良いように思います。堅固、かつ、歴史からの情報も怠りなく取り入れようとする柔軟性も持ち合わせることが必要に思います。


 近年の翻訳 2015年頃まで

● 1982年にジェームス・H・ホールディンがアラビアの占星術師であったアブ・アリ・アルカヤット(770年-835年)のネイタルの本を、スペインのジョン(12世紀初期)がラテン語に訳した物から、英語に翻訳をしました。その名も、The judgments of Nativities「ネイティビティーの判断」です。その前書きの中で訳者のホールディンは、占星術の系譜をあげながら、後期アラビア占星術はプトレマイオスの影響を少し持っているが、アブ・アリの本にはそれが極めて少ないか、まったく違っていると言っています。アブ・アリの本は、ギリシャの占星術の影響を強く受けたアラビア占星術とでもいうようなものです。

 

 どのような違いがあるのか・・・  といったような所で、西洋占星術にはどうしても歴史からの視点が必要になります。


● モノには、歴史があります。それを無視して先を急ぐ事は、目指しているものが過去の物と違ってきたり、先の物との整合性を欠いたり、異質の物を持ち込んでしまう可能性もあります。どのような物でも習い始めの頃は、そのモノの歴史を重要視できませんし、全体的な眺めを直ぐに持てるわけでもありません。

 

 西洋占星術の歴史的な概観においても、同じ事が言えます。それでも、何とかして概略は把握しておいて頂きたいと思います。又、機会あるごとに歴史を知る事は、その「物」を大事にする事につながります。すでに過去の事ですから完全に知るという事はなかなか大変ですが、どのような流れの中で伝えられてきたのかは、時に極めて重要になる事があります。

  そして、歴史をひも解いていくうちに、疑問にぶつかることもあります。

 

 西洋占星術のネイタルの判断においては、それがホール・サインシステムで行われていたのはいつ頃までの事なのか、又は、レギオモンタヌス・ハウスシステムや、プラシーダス・ハウスシステムと呼ばれる、一般的にひっくるめて四分円方式と呼ばれるハウス方式の使用・採用がいつ頃から定着したのか、あるいは、間違って定着したのでは無いのか、という疑問も残っているなら何とか解決しなくてはいけません。

プトレマイオス(トレミー)の占星術


● その歴史の中でプトレマイオス(トレミー)の書き表わしたテトラビブロスは、明らかに異質のものです。重要ではありながら、技術として重要なわけではなく、プトレマイオスの混入を見抜いて取り除いていかなければいけないので重要なのです。全てが間違っているわけでもありません。だから厄介なのです。更に厄介なことには、プトレマイオスが偉大な占星術師であったのだと看做し・勘違いした、その後に現れた多くの占星術師が歴史上に登場しているのです。

  プトレマイオスの書き著した「テトラビブロス」は、西洋占星術の聖典のように捉えられた時代もありました。しかしながら、それは明らかに学者の書いたものです。ジェームス・H・ホールデンは、その序文の中で、テトラビブロスには彼が説明を辞退した幾つかの物があると研究結果を発表しています。それらトレミーが辞退したものは、

  • サインの中に入っている惑星の影響
  • ハウスの中に入っている惑星の影響
  • 惑星同士の相互のアスペクトの影響
  • パーツを使う方法(P.o.F以外のパーツ)
  • ハウス(天のハウス=サイン)によって、(そこから)導き出されるハウスのロードによって、および(他の)ディスポジターによってチャートを読む方法

  などです。

  それでも、プトレマイオスの理路整然とした書き方は西洋占星術の中心にあり続けました。そして、プトレマイオスはその理路整然とした考え方によって、マンデン占星術や、ネイタル占星術以外は出所がハッキリしないので占星術の範疇に入らない事を匂わせます。

 

  この影響はアル・ビルニ等にも伝わり、彼も同じようなことを本に書きます。

  ホールディンによれば、プトレマイオスの占星術は2世紀当時ギリシャで行われていたギリシャ占星術とも全く異なる「ギリシャ占星術の逸脱バージョン」であることになります。

 

  このことはジェフリー・コーネリアスも指摘していてThe Moment of Astrology(2003年Printed in Great Britain)の中で詳しく展開しています。できれば、こちらを読んでいただきたく思います。

 

  プトレマイオスは、ネイタル占星術やマンデン占星術のみが正統性を持っていて、その他の占星術は亜流であると書いています。特に、ホラリー占星術と名前を上げて毛嫌いしているわけではありません。しかしながら、彼はホラリー占星術の技術を頼りながら、テトラビブロスを書いている節があります。かといって、完全にホラリー占星術の技術でもありません。それでいて、モテハヤサレテいたから厄介なのです。

  テトラビブロスLOEB版 I-3, 13p より

 Secondly; most, for the sake of gain, claim credence for another art in the name of this(astrology), and deceive the vulgar, because they are reputed to foretell many things, even those that cannot naturally be known beforehand...

  ホラリー占星術と名指しこそしていませんが、

『占星術の名において利益をあげる輩は、一般的には分からない事柄でさえ、実践において予言ができるのだと言い、大衆を欺き行っている』と書かれています。

  まず、このプトレマイオスの呪縛から逃れ出る事が必要でしょう。

  恐らく、21世紀の始まりの50年ほどで、このことが成し遂げられるはずです。

 

  これは同時に、ネイタルの判断には、ホール・サイン・システムを使用するという流れも含んで行くことになります。こちらの方は、確かめながら進むので、半世紀以上は掛かるものと思います。

 

  ホラリー占星術は、相変わらず四分円方式で行くでしょう。


その他の歴史


● 西洋占星術は、ほぼ紀元前4世紀(B.C330年にはネイタルの判断が行われていた)に出てきたと言われています。私は、もうちょっと早い時期に出てきているはずだと考えていますが、文献が見つけられていない状態で言っているだけです。その理由は、西洋の哲学の中でエレメントが四つに揃ったのと、カルディアでサインが整ったのも紀元前5世紀だからです。

 

  私が歴史的な流れの中で注目している事は、ネイタル占星術とホラリー占星術の技術的な違いです。ちょっと何かが違うのではないのか・・・  と。

 

  このような考え方は、中世から存在していたものです。つまり、ネイタル占星術だけを行う人達と、ホラリー占星術だけを行う人達と、その両方を行いながらも、両方の占星術に違う技術を適用させた人達です。ホールデンは、このように3つに分けていますが、両方を行いながらも、両方を同じ技術で取り扱った人達というグループもあったはずです。

  その中でも、占星術が極めて政治にとっても重要だった地域と時代がありました。

 

  バグダッド設立の為のイレクションを頼まれた占星術師達の住んでいた時代と地域です。地域はバグダッド、そして当時のカリフ(アラブの王様)がバグダッドという都市を設立する(762年)為のイレクションを依頼したことで有名です。

 

  招聘された占星術師は、マシャ・ア・ラー、ザエル・ビン・ビサーラ、ウマー・アル・タバリ等です。当時の王様は、又、天文学、占星術関係の多くの文献をペルシャ語等からアラビア語へと翻訳するように助成しました。


 ネイタル占星術

  話は飛びます。

 

● 私は次のネイタルの講座ではアブ・アル・アリ・アルカヤットの書いたThe judgments of Nativities「ネイティビティーの判断」をベースに展開していきたいと考えています。ジョン・フローリーのネイタル・コースで使っている物ですが、カヤットの書いた内容もさりながら、セルビア(スペイン)のジョンが12世紀にアラビア語からラテン語に翻訳し、それを英訳したジェームス・H・ホールデンが序文で書いている事柄にとても興味をそそられました。

● ネイタル占星術の、読みやすい本と、その著作者

  そこでの興味は、英語への翻訳者であるホールデンが言うように、ネイタルでのハウスの適用方法が四分円方式では無かったのではという提言です。これは割と分かり易く、直ぐに四分円方式で行っていなかったという事が判断できます。英訳者であるホールデンはイコール・ハウスだと述べていますが、ベンジャミン・ダイクスが言うように、ホール・サイン・システムだと思います。

 

  このハウス方式は、ホラリー占星術と違うのではないか・・・  

 

  アブ・アリ・アルカヤットはマシャ・ア・ラーの弟子でした。

  マシャ・ア・ラーはアラビア占星術師の初期の中心的な人物です。

 

  私のネイタル講座(スポット的に行うもの)でも、過去の偉大な占星術師のネイタルへの意見を、順次解説していきたいと考えています。その中で垣間見える過去の占星術の形はどのように目に映っていくのでしょうか・・・


  このように、歴史の流れの中にあるトラディショナルな占星術を捉え、そこから見出される残されたきた技術的な部分を、少しずつ明らかにしていきたいと思います。

 

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