ネイタル占星術と、ホラリー占星術


● ネイタル占星術とは、人の誕生時間に基づき判断をする占星術という意味です。

● ホラリー占星術とは、誰かが質問をして、その質問を占星術師が理解した時間に基づいて立てられたチャート(ホロスコープ)を判断するものです。

● イレクショナルな占星術とは、基礎となるネイタルのチャートやホラリーのチャートがあるとして、クライアントがあるプロジェクトに有利な時間を探し出して欲しいというような要請に応える占星術のジャンルです。

 

この他にも様々な占星術のジャンルがあります。ここでは、ネイタル占星術とホラリー占星術に絞って議論を前に進めます。

 

西洋占星術の黎明期に、ホラリータイプの占星術的予測は、ギリシャ語で「カターキ」という用語で呼ばれていました。この語の文字通りの意味は「始まり」です。カターキは、(ものごとの発端(inception))という性質を持ちます。また、語義にはイニシアチブを取るという意味も含まれています。このことから、良い時間を選ぶ(election)という性質の占星術が、必然的にこれに付随して行くことになります。

 

「カターキ」は、パルチャスという占星家が活躍した時代、5世紀のギリシャ文明の後期までに既に事実上衰退していき、アラビアの占星術は、ホラリーの質問、イレクション、およびインセプション(ネイタル)として分別された語になっていきます。アラビア語で分類された時代に、カターキという用語は占星術から消えうせたようです。
  ※ジェフリー・コーネリアス

 

ここで見てきたように、初期の占星術の概念の中にはイニシアチブを自分自身が取れるという意味が含まれていたことが明らかです。一方で、誕生に基づく占星術のように、運命は変えられないとする考え方も根強かったのでしょう。

 


● マニリウスの「天の聖なる学」 アストロノミカ
  西暦元年、ローマのマニリウス が占星術を背景にした抒情詩、『アストロノミカ』を書きおろしました。彼の抒情詩は、当時の占星術を背景にした理論と考え方がふんだんに盛り込まれています。残念ながら、今日でも使える法則と全く合致しているとは言えませんが、ハウスの概念が出来上がっていたこと、ハウスには番号ではなく個別の名称が与えられていたことなどが伺われます。すでに太陽のある宮の影響よりも、東の空に上って来るサイン(当時は星座)が強い影響力を持つという考え方がありました。

 

太陽星座占いよりも、アセンダントに上昇する星座を大事にする占星術が発達していたことを知る事ができます。今日でも、古典的な占星術は、上昇のサインを大事にします。それによって様々な判断が行われています。

 

2世紀には、クラウディオス・プトレマイオス が、古典的な占星術の本、『テトラビブロス(4部の書の意味)』を書き記しています。この本は現在でも西洋占星術の最も信頼される原典とされています。しかしながら、全く顧みられていない章も中にあります。プトレマイオスは、物理・数学の書である『アルマゲスト』の中に記した地球中心の天動説を唱えていて有名です。この学説は16世紀にコペルニクス が地動説を唱えるまで、ヨーロッパではキリスト教会が認める考え方でした。如何に宗教の影響が大きかったかも知る事ができます。ガリレオが有名な裁判にかけられ(1615年)有罪の判決を受けたのは、コペルニクスの本が出た90年後、17世紀(1633年)のことでした。ひじょうに長い時間がかかっています。

 

占星学の一派の中には、宿命論的に、運命は誕生時に決まっているとするものもあるにはあります。マニリウスは、「宿命こそが世界を支配している。この世の一切のものは不変の法則によって定められており、人生で起き湧くあらゆる出来事は、誕生の時間と宿命的な繋がりを持つのである。」などと書いています。ストア学派の占星術は、どちらかというと宿命論的で、人は生まれによって全ては決められていて、変化させることなど不可能という考え方が入っています。マニリウスの書いたアストロノミカはこの宿命論的な傾向を持った抒情詩です。

 

古来、占星術には運命は変えられるという流派と、運命は変えなれないという流派の二つが絶えず歴史上存在していました。この二つの考え方の決着など、決して付かないと思います。人生のイニシアチブは自分自身で取れる。それが私の実感であり、誕生時のチャートに表れていない事柄なども、当然のように出て来るものと考えています。

 

では、何故、星の位置を決定できるほどの力が、人間の心に、人間の魂に宿っているのでしょうか。この問いへの回答は、占星術の生まれた国々で輪廻転生観が当たり前のように捉えられていたことを知る必要があります。古代、赤ん坊の誕生というものは、それぞれの魂に相応しいように、その時と位置を選んで生まれてくるのだと考えられていました(これにより惑星の配置が決定される)。そういうシステムになっていることを信じていたことは、神話の中にも登場します。

 

神話にあるように、ミューズの三人の女神たちは、その魂に相応しい誕生時間を選びその魂に与えるとなっています。また、前世があるのなら、星の位置を決定させる魂が存在するはずです。そして、前生があるからこそ、平等とは言いがたい様々な異なる生まれを形成する説明ともなります。

 

前節で述べた輪廻転生観は、占星術の至る所にちりばめられています。星々は毎日西方の地平線へ亡くなるように沈み、また同じような形で次の日に東の空から生まれてきます。この規則正しい日々の回転は、古代の人たちに生まれ変わりの思想として捉えられてきました。星座たちも毎年、同じ時節に同じ形で生まれてきます。エジプトのピラミッドは、良い転生を目的とした王たちの要請によって作られたものです。それは掘り出される埋蔵品によって次の生の幸せを願っていることで示されています。

 

次の生があるとしたら、次の生が良くなるように様々な工夫をして生活すべきなのは当たり前になるでしょう。占星術は、このような古代の考え方を備えて発達してきたものであることから、この人生を通して、来生も良くなるように生活する規範が背景にあることは容易に想像できます。だからこそ、人生のイニシアチブを天ではなく、人間自身が取ろうとするものなのです。

 

宿命論的な誕生のチャートのリーディングでは、人生は決まっていて、その人生を変えることはできないことになります。又、全てが言い当てられることになります。

 

逆に、人生は変えられるという考え方に立つと、星々が私達を操っていることは無いということになりますから、私たち自身が星々の位置を決定して生まれてきたことにもなりますし、次の生では星々の位置を今生とは全く違った位置に置くことさえも可能な人生の歩み方もできることも示唆することにもなります。そこには、この生の中で、天の描くであろう当然の運命の軌跡を既に踏み外すこともできるという啓示になります。だとすれば、人として次の生を良くしようと踏み出すべきか、次の生を単にこの生の延長上で構わないとして歩み続ければよいのか、自ずと答えが出てくるはずです。

 

良い事をすれば良い事が還ってくるのは事実です。悪い事をすれば悪い事が返ってきます。この証明は他に譲るとして、次の生の星々の位置を決定するには、今が大事なことが分かりました。実は、今が変われば来生を待たずに、今生の星の位置も変わっていくはずです。なぜなら、心(魂、思い、感情、精神性、愛着等)が惑星の位置を決定する何らかのパワーを備えているはずだからです。次の生の惑星の位置を変える力は、この生のうちから作用するはずです。その集大成が、「死」であるだけです。